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書きたいことは何だろう。

思いつくままに好きなことを書き溜めるだけ。

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やりたくないけどやらなくちゃ…への対処法。「やる気があるからやるんじゃない、やるからやる気が出るんだ」

11月も中旬となったこのごろ、大学4年間の最後を締めくくるべく、卒論作成に追われる日々を過ごしています。
ついこのあいだは、好きなこと・やりたいことに対して、「自然と「やりたい」欲が湧き出てくるタイミングを待つ」において「自然とやりたいように思えるまで無理にしなくていいじゃない」ということを述べました。とはいえ、やりたいことばかりとはいかないもの。やりたくないけどやらなくちゃいけないことだってありますよね、というのが今回のお話。


卒論執筆。自分で選んで入ったゼミであるし卒論を書くことになることは承知していたとはいえ、どうにもやる気が起きない。とりかかる気力が起きない。4月からちまちまとリサーチに取り組んできたのだけど、いざ最終的にまとめていく段階になって、残っている作業の膨大さ・残された時間の短さに愕然とさせられています。きっとそれが理由の一つ。焦燥感を覚え焦りに焦る心境なのに、やる気が出ません。

部屋の中でいすに座ってPCを前に、悶々と無為に時間が過ぎていくだけ。焦っているのにやる気は出なくて、PCを動かして作業を進めているはずなのに、気がついてみれば時間だけが進んでいて、卒論はなにも進んでいない。


さて、どうしたか。

ひとまず叫びました。

「卒論やりたくねー! でもやらなきゃ卒業できないしやるしかねー! でもやりたくねえー!」
「でも家にいても進まないし仕方ないから大学行くぞー! ちくしょうやりたくねえー!」

焦るのにやる気が出ない状況にも焦りでもやる気が出ないことにさらに焦り…という負のループに耐えかね、不満を爆発させてみました。

PCの前に座って無言での作業が続いていたので、声を出すことで頭がしゃっきりとしたような、あるいは、やりたくない想いを改めて声に乗せて吐き出すことで心の整理がついたような、気がしました。「やりたくないけどやらなければ、やるためには大学に行かなければ」という現状を改めて認識する効果もあったかも。少なくともはっきりしているのは、もやもやは吹き飛び、気は晴れました。

それから、大学に向かう準備をしました。

かばんに本とノートとペンを詰めて、PCの電源を切って、水筒にお茶を入れて、ハンカチを出して靴下はいて……。

こうやって外に行く準備をしていて、だんだんとその気になっていっているような気がしました。「やるしかない、やるぞ」って思って体を動かし始めたことで、それに引っ張られるように心もその気になってきてくれていたような気がします。
これまでは、家の中に閉じ籠ってPCの前にただ座っているだけでした。心の中にあるのは「やりたくないなあ」という重いだけ。それだと反対に、なにもしたくないという思い、なにもしないという行動で、だんだんと心が萎えていってたのかなあと思います。

そしたらだんだんとその気になりました。

やりたくないという想い、でもやらなくちゃならないという不本意な状況への不満を正直に認識して、その上で、でもやらなきゃいけないから仕方なくでもやるぞと決意をし、動いてみる。動き始めれば、体の動きに伴って心もだんだんついてくる。だんだんと勢いがついて、その気になってくる。そういうことだったのかなーと思います。

この場合も、実際に「仕方ないけどやるぞ」と決めて、準備をして、大学についてからは「仕方ないやるぞ」の想いと勢いでずいぶん卒論作成を進めることができました。腹をくくる、といってもいいのかもしれません。一度動いてしまえばこっちのものです。車だって動かすのは大変だけど、動いてしまえばあとは勢いに乗っているだけ。ちなみにこれは4日前の出来事なのですが、その勢いは今も継続中です。最終報告のある来週まで、もたせたいものです。

「やりたくないことをやる」ために大切なのは、単純だけど、動いてみることでした。

心と体は連動している、ということを改めて実感させられますね。きっと一番いいのは、スティーブジョブスも言うように「今やっていることを好きになること」なのかもしれません。とはいえ、僕みたいにそれがうまくできないっていう人もいるんだろうと思います。好きなことだったら、「自然とやりたい欲が湧き出てくる」こともあるのでしょうが、最初から「やりたくない」「嫌い」と思っていることに対して、自然とやりたいと思うことなんて、まずないでしょう。

これからも、「やりたくないけどやらなくちゃ」に遭遇した際は、腹をくくって勢いをつけて取り組むためにも、「叫んで、動いて、その気になる」、というステップを踏んでみようと思います。