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書きたいことは何だろう。

思いつくままに好きなことを書き溜めるだけ。

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散歩が好きな理由

散歩が好きです。趣味というほど大げさなものではないのですが、息抜き・気分転換として、歩いています。

着の身着のまま、ただ歩く。これが散歩の醍醐味ですね。着の身着のまま何も持たずに、手ぶらでぶらぶら。スマフォも財布も持たずに、近所をただぶらりと歩く…ただそれだけ。それだけなのだけど、それがいいのです。


身軽に歩くことをただ楽しむ

サラリーマン生活をしていると、スーツを着て、カバンを持って、背すじをピンと伸ばして…と、なかなか身軽な格好で歩くことがありません。特にこの季節は、コートにマフラーに手袋に。何かと身に着けるものが増えてしまいます。コートは重いし、マフラーは首回りの動きがちょっぴり制限されるし、手袋をしていると手先が不自由になるし…。

そういったあれやこれやを取っ払って、両手を振って歩くんです。身軽な身体に、気持ちも晴れやかになります。我ながら、単純です。

春先、少しずつ暖かさを感じるこの季節。だんだんと身に着けるものが減っていくことが、とにかく嬉しいです。この頃は、自転車に乗るときに手袋をしなくても寒くなくなってきました。こんなに身軽だったのねと、いちいち驚きを覚えながら自転車に乗っています。これまでは手袋ごしだった風や振動をダイレクトに感じるのが新鮮。少なくとも3,4か月は手袋しながら自転車に乗っていたわけですからね…。この驚きや感慨を感じなくなったら、本格的に春到来なんだろうなあと思います。

季節の移り変わるタイミングは、些細な変化を楽しめるのが良いですね。ただ近所を散歩するだけでも、毎回違った変化を楽しめたりするものです。大きい楽しみではなくて、小さな日常を慈しむような気持ち。

いろんな刺激を受けて考える

散歩をしていると、あれやこれや、いろんな考えが頭に浮かびます。カフェに入ってパソコンを開いて「さあ書くぞ」と日記を書いたりブログを書いたりというのとは、全く違った感覚。ぽん、ぽん、ぽんと、脈絡もなく思い浮かんでは消えていく。

考え事をするなら「馬上枕上厠上」なんてことも聞きますしね。ぶらりぶらりと歩き、なんとはなしに町の風景を眺めながら、思索にふけるというのもいいものです。

外を歩いていると、いろんなことがあります。すごいざっくりとした言い方ですが、いろんなことがあります。いい天気だなあとか、空が青くてきれいだなあとか、そよそよと風が気持ちいいなあとか。そんな些細なことですら、きっと五感は受け止めていて、刺激を受けている。そんな刺激が重なり合って、トリガーとなって、あれやこれやと思い浮かべるんだろうなあと思います。

カメラ片手にいろんな被写体を撮り歩く

カメラを買ってから、それまで以上に散歩を好きになりました。10年以上住んでいて見慣れた町ですら、カメラ一つでがらりと印象が変わります。いわゆる「絵になる」風景というものはありませんが、小さな驚きや発見がいたるところにあります。カメラがなければただ通り過ぎるだけだった道も、「写真を撮る」ことを意識しながら歩くだけで、途端に魅力的に見えてくるから不思議です。

何か目当ての被写体があるのではなくて、被写体を探しながらの散歩です。ぶらりぶらりと歩きながら、「自分は何に興味があるのかな」なんて考えます。「これが撮りたい」というイメージがあるわけではなくて、「何を撮りたいのか」「どう撮りたいのか」と常に自問自答です。散歩というより、散策という言葉のほうが近いのかもしれません。歩きながら探す、見つける、発見する。

右を見て左を見て、立ち止まってみたり、あるいは振り返ってみたり。ちょっと見方を変えてみると、意外と不思議な光景があったりして、そんな小さな発見を写真に収めることができると、とても嬉しい。

歩きながら、町を見ながら、探しているのは「自分」なのかもしれないなあ、なんてことも思いました。青臭い、恥ずかしい。ぶらりぶらりと歩きながらも、頭はいろんなことを考えているもので。「何を撮ろうか」と頭に手をあてうーんうーんと考えるのではつまらないじゃないですか。ぶらりぶらりと歩きながら。


ただ歩くのが気持ち良いという理由だけではなくて、散歩していろんなものを見たり感じたりしながら考える、自分と向き合う、そこが好きなのかも、と思いました。

もうすぐ、暖かくて風も気持ち良い、散歩するにはうってつけの季節がやってきます。