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「万年文化部だけど、フルマラソンを走りたいと思いました」

先日、茂庭っ湖マラソンにてフルマラソンを完走してきたことは記事に書きました。思い返せば返すほど練習不足を痛感させられますが、同時に辛かったけど走って良かったという想いも強くあります。今回は、フルマラソンを走るを決意したきっかけについて、自分の運動歴を振り返りつつ考えてみたいと思います。

フルマラソンを意識したのは大学入学時。脈絡も何もなく、「卒業するまでにはフルマラソンを走りたい」と漠然と考えていました。具体的なきっかけを思い出せないのだけど、このころに漠然とした考えがあったことは、なんとなく覚えています。体育が嫌いで嫌いで、大の苦手科目でした。そのことに対する反発心というか、悔しさみたいなもので、なんとか克服してやろう、という思いがあったんだろうなあと、今思います。

小中高を通して「運動が大嫌い」でした。

なぜかっていうと、苦手だったからです。
走るのも遅いし、ドッジボールではうまくボールをキャッチできまないし、サッカーではドリブルしようにも強く蹴りすぎてしまってボールが遠くに行って相手へのパスになってしまったり、野球をしようにもバットにボールが当たらなかったり。冬場の体育は風邪だと言って休んだりもしました。体力測定もいっつも情けない結果ばかりで、体力ない。幸い高校は体育の種目が選択制だったので、ゴルフを選んでのんびり過ごしていましたが。
まわりは運動が得意な人ばっかり、活躍する人ばっかり。それに比べて自分は……。自分は運動音痴であるということが恥ずかしいような思いがして、劣等感をひしひしと感じて、スポーツは嫌でした。


ところが、改めて思い返してみて気付くことがあります。
「スポーツが嫌い」だとは思っていたんですが、

運動すること・体を動かすこと自体は嫌いじゃなかったんです。

というのも、思うところが二つあって、1つは高校までは片道30分の自転車通学だったのですが、これは全然苦ではなかったということです。むしろ、自転車をこぐこと自体は好きでした。高校2年になって、ママチャリからギア付きの自転車に乗り換え乗り心地・スピードが格段にあがってからは、休日に10km、20kmぐらいのサイクリングに行くこともありました。

もう1つは、部活の友達と大学の施設で卓球をして遊ぶことだったり、レクとして走りまわったりボールを使って遊んだりして体を動かすことが、すごく楽しかったということです。


要するに、小中高を経てずーっと、半ば植えつけられるようにあった「運動音痴」っていうレッテルをなんとか剥がしたかったんだろうと思います。
体を動かすことは好きだったけど、周りと比べて自分が下手だと認識すること・劣等感を覚えることが嫌だったので、運動を嫌いだと思いこんで避けていた。そういうことかな。


        ◆ ◆ ◆


結果として、フルマラソンを完走することができました。自分としては、途中足が止まってしまったり少しだけど歩いてしまったりと、胸を張って「完走できた」「走り切った」と言えるほどではないのですが、それでもやりきりました。目標の4時間台も達成です。

「運動音痴」のレッテルを貼ってるのは、自分自身だったんだなあ

十差にフルマラソンを走りきって、こう思いました。

フルマラソンを走ったからって野球が、サッカーが、バスケが、ドッジボールがうまくなったわけじゃありません。運動神経がよくなったと実感することもないです。体力がついたなあ、って感じることもそうそうありません。でも、「フルマラソンを走り切った」そのことが今、自信になっています。「もう運動ができない、体力がないとは言わせないぞ」と、思えています。

結局のところ、はじめから周囲の評価なんて関係なかったんだと思います。茂庭っ湖でいろんな人と一緒にマラソンを走っていて身に沁みました。僕より早い人、遅い人、楽しそうな人辛そうな人、障害を抱えている人、いろんな人がいました。この人たちの走る目的、それぞれの「なにゆゑに走るのか」は違うだろうし、それをいっしょくたにタイムで比べることなんてないんですね。劣等感があるということは一方で、優越感を覚えている局面もあるということ。勝ちか負けかで区切って、レッテルを貼っていたのは自分自身でした。


他に自分よりうまい人がいるから(劣等感を感じたくないから)やらない、とかではなくて。
自分がやりたいこと楽しいことをやればいいんですよね。うん。
人と比べることじゃないってよく言うけれど、こういうたびに、何度も何度も実感し直します。